真実(しんじつ)の教(おし)え

 あらゆる者(もの)を救(すく)いとる教(おし)えこそ真実(しんじつ)の教(おし)え、究極(きゅうきょく)の教(おし)えである。

 親鸞聖人(しんらんしょうにん)は仰(おお)せになる。

 

 それ真実(しんじつ)の教(きょう)を顕(あらわ)さば

 すなはち大無量寿経(だいむりょうじゅきょう)これなり

 

 大無量寿経(だいむりょうじゅきょう)には、あらゆる人(ひと)を念仏(ねんぶつ)一(ひと)つで救(すく)おうと誓(ちか)われた、阿弥陀如来(あみだにょらい)の本願(ほんがん)が説(と)かれている。

 釈尊(しゃくそん)はその生涯(しょうがい)を通(とお)して様々(さまざま)な教(おし)えを説(と)き広(ひろ)められた。

 この経(きょう)が説(と)かれるとき、釈尊(しゃくそん)のお顔(かお)は、いまだかつてないほどに悦(よろこ)びにあふれ、気高(けだか)く光(ひか)り輝(かがや)いておられた。

 あらゆる者(もの)を救(すく)いとる阿弥陀如来(あみだにょらい)の本願(ほんがん)を説(と)くことこそ、釈尊(しゃくそん)がこの世(よ)に出(で)られた目的(もくてき)だったからである。

 

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